第11回日本出版学会賞 (1989年度)

第11回日本出版学会賞 (1989年度)

 日本出版学会は,規約第4条の「出版及びそれに関連する事項の調査・研究の促進」事業の一つとして日本出版学会賞を設け,毎年1回,出版研究の領域における優れた著作に対してこれを授与している.第11回学会賞の審査は,1988年10月1日から89年9月30日までの1年間に発表された著作を対象に実施された.
 審査委員長は,その委嘱により大久保久雄会員が収集した出版関係著作リスト並びに各審査委員の専門分野における出版関係著作及びアンケートによる会員からの推薦著作を主な審査対象として,89年10月20日より90年4月2日までの間に合計5回の委員会を開催して審査を行った.
 その結果,最終選考までに残った著作は,井上輝子ほか著『女性雑誌を解読する――Comparepolitan 日・米・メキシコ比較研究』(垣内出版),山口知三ほか著『ナチス通りの出版社――ドイツの出版人と作家たち 一八九六―一九五〇』(人文書院),石川弘義ほか著『出版広告の歴史』(出版ニュース社)の3著であった.そのうちから,委員会は慎重審議の結果,今回の学会賞として『女性雑誌を解読する』が表彰に値する著作であるとの結論に達した.


【学会賞】

 井上輝子 他
 『女性雑誌を解読する――Comparepolitan 日・米・メキシコ比較研究』
 (垣内出版)

 [審査結果]
 井上氏は,女性雑誌の研究ではつとに業績のある会員研究者であるが,本書は氏を中心に,女性雑誌研究会のメンバーである諸橋泰樹,飯野扶佐子,伊佐治真奈美,武内恵子,奥山妙子,河上友子,粟飯原俶恵,アレーナ・ガラール,秋葉かつえの諸氏が協力している.
 本書は,日・米・墨3国の主要女性雑誌を対象に,その広告・性的役割・ファッション・料理・語彙・誌面構成等の数値的データを手掛かりとして,各国の女性雑誌の特色を明らかにしている.その結果,日本の女性雑誌は,内容の細分化,ビジュアル化,誌名のアルファベット化などのほか,外国雑誌の日本版と他業種企業による参入が特徴的だとされている.米国は,ジェネラル・インタレストからスペシャル・インタレストへと指向し,ニューウーマン(ミズ)を対象にしている点に特徴がある.メキシコでは,女性雑誌が国内の経済的・文化的基盤に根付かないため,アメリカの多国籍資本の影響下にあるのが特徴である.しかし,1970年以降,これら3国に共通した現象は,性役割の流動化と再編成及び文化的帝国主義の浸透が見られることである.
 以上のように,本書は,綿密な調査と新しい方法による分析によって現代女性雑誌を解読しようとするものであり,雑誌研究のうえで貴重な成果をもたらしたのみならず,今後に大きな示唆を与えるものと評価することができる.よって,審査委員全員の賛成を得て,日本出版学会賞にあたる著作であると決定した.

 [受賞の言葉]

 日・米・墨3国女性誌の比較研究  井上輝子

 日本出版学会賞をいただき,まことに光栄に思います.「女性雑誌を解読する」は,私たち女性雑誌研究会が,日本,アメリカ,メキシコ3国の女性雑誌を比較分析した結果をまとめたものです.女性雑誌研究会は1983年に私が,和光大学周辺に呼びかけて組織した会ですが,いわゆるプロの研究者集団ではなく,主婦,会社員,大学院生,フリーターなど様々な人々から成る集団です.対象選択から分析方法まで,すべて手探りで雑誌分析を始めましたが,84年半年分と86年1年分の三国比較を行い,その結果を今回書物にまとめたわけです.
 80年代は「女性の時代」とよばれましたが,これは同時に「女性雑誌の時代」といいかえても良いと思います.「国連婦人の十年」の間に,男女の地位と役割の見直しが始まり,「性役割の流動化」現象が世界的規模で起きています.「男は仕事で女は家庭」という伝統的な性別役割分業が疑問視され,職場で働く女性や家事,育児を担う男性の姿が,決して珍しいことではなくなってきました.非婚や産まない選択をする女性も増えてきましたし,離婚も例外ではなくなってきました.こうした女性たちの新しい生き方への模索に対応して,70年代以後女性雑誌が続々と創刊されました.もっとも,全体的にみると,性役割の流動化というよりは,再編成に向けて寄与した雑誌が多いとは思いますが…….
 80年代はまた,消費社会化が加速度的に進行した時代でもあります.女性は消費者として注目され,とりわけ化粧品や衣服や食品メーカーの,市場戦力のターゲット視されてきました.70年代以後女性誌が,広告メディアとして雑誌界で地歩を築いてきたことは周知の通りです.ビジュアルな雑誌づくりやスポンサーとのタイアップページ,雑誌のカタログ化など,広告メディアとしての特性をフルに発揮するために,女性雑誌は新しい雑誌作りの手法を様々に開拓してきました.
 性役割の流動化と消費社会化の進行という現代社会の2大潮流を,もっとも直接的に反映し,また推進するメディアが,女性雑誌です.その意味で,女性雑誌の解読は,現代文化を解き明かす鍵になるように思われます.3国の女性誌を比較すると,日本の70年代以後の創刊誌が,ビジュアル性とファッション性を売り物にしたのに対し,アメリカでは働く女性や女性解放などの視点を導入した新雑誌が多いこと,メキシコでは,国内の経済的文化的基盤に根づいていないため,多国籍でアメリカ資本の影響下にある雑誌が多いことなどの特色が把握できます.しかしより印象深いのは,3国の女性誌の共通性です.3国とも性役割の流動化と再編成の気配が見られる一方で,とくに「美しさ」の基準をめぐって文化的帝国主義と呼ぶべき事態が進行しています.3国を比較することで,日本の女性誌だけをみていたのでは気づかない発見が多々あったように思います.
 女性雑誌という生ま物を扱い,しかも3国比較という困難な仕事を手探りで始めましたので,まだまだ残された課題が多いのですが,栄誉ある賞をいただくことができ,ありがたく思っています.今後雑誌分析をしていく際の一つの比較材料として,私たちの研究がお役に立てば幸いです.


【佳作】

 山口知三 他
 『ナチス通りの出版社――ドイツの出版人と作家たち 一八九六―一九五〇』
 (人文書院)

 [審査結果]
 『ナチス通りの出版社』は,山口氏のほか,平田達治,鎌田道生,長橋芙美子4氏の共著になるものであるが,戦前から戦後にかけて,著名なドイツの出版社がたどった道を,豊富な資料に基づいて叙述したものであり,出版研究のうえで見逃せない著作であると判断し,これを佳作として表彰することとした.


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