第17回 国際出版研究フォーラム発表「デジタル・ネイティブと出版・メディア教育」柴野京子

デジタル・ネイティブと出版・メディア教育

柴野京子
(上智大学)

 本報告では,デジタル・ネイティブ世代を迎えた大学において,出版・メディア教育がどのように行われうるか,発表者による上智大学文学部新聞学科での実践を素材に,問題提起した。要旨は下記のとおりである。

1.デジタル環境における出版概念と教育

 出版デジタル化の焦点は,業界の危機でもアナログからの置き換えでもなく,グーテンベルク以来の大きな転換期の中で「出版」の概念をいかに再構築するか,であろう。したがって教育の柱もまた,そうした視点の獲得におかれる必要がある。発表者の担当する「出版論Ⅰ」(2年次以上)では,現状の出版産業の特徴と構造,インターネット・デジタル技術による動向と展望,図書館と書店の動向,の3パートに分けて講義を行っている。
 第1パート(出版産業の特徴と構造)では,書籍と雑誌が出版取次(卸売)と書店を通じて販売される,という日本の基本的特徴を軸に解説する。この特徴は流通に関してみられるものであるが,出版における経済はこの流通構造に拠っており,なおかつ日本における広い意味での知の流通基盤構造がここに築かれてきた,という二つの意味から重要である。たとえばアマゾンの問題は,素朴な「外敵」としてではなく,出版社,取次,書店の三者でドメスティックに成立してきた日本の「出版業界」を相対化する契機として考察しなければならない。また,インターネット書店そのものについては,書物の検索や入手を読者が自ら行うテクノロジーと位置づけることで,今まで人が書物とどのように接してきたのかを考えさせるトピックとなる。
 以上,業界構造の相対化を背景として理解させたうえで,第2パートのデジタル化に進む。学生たちの多くは「いわゆる電子書籍」に抵抗を感じているが,実際にはスマートフォンでマンガを読み,コピーの代りにキャプチャする。あるいは電子辞書やジャーナルを使い,PIXIVなどの投稿型プラットフォーム,キュレーションサイトを利用している。これらは,既存の出版とは異なるビジネスモデルによる「新しい出版形態」と考えることもできる。このように,無関係と考えていた出版デジタル化を複数の日常から気づかせることによって,学生の「出版」「デジタル化」に対する固定観念は大きく変わる。報告者は,この時代に青年期を迎える世代への出版教育として,ここにひとつの目標点をおいている。

2.デジタル・ネイティブに向けた情報リテラシー教育

 「メディア・リサーチ」は今年度から開始した演習で,1年次の必修科目である。昨年度までは模擬的な新聞を作成していたが,出版の構造に加えて,学生の情報環境をとりまく状況の変化に対応するため,カリキュラムを切り替えた。
 プログラムは,(1)資料探索・情報収集の基礎,(2)調査のリテラシー,(3)フィールドワークの三段階に分かれている。(1)の資料探索は,図書館の使い方やデータベース紹介から始め,新聞,雑誌,書籍のような紙資料と,デジタルアーカイブなどインターネット上のさまざまな情報ツールをそれぞれ例示しながら,特徴を解説する。また検索のTIPSも示し,大手検索サイト(グーグルなど)の上位結果で終始しないための方策も伝える。さらには具体的なテーマで集めたウェブ情報を比較検討し,レポートを書かせている。いわゆる「コピペ対策」でもあるが,より重要なのは,紙の資料ならば比較的明示的であった相互参照関係や関テクスト性を,ウェブ上でも認識させることである。

3.まとめ

 以上,出版のデジタル化について「出版」概念の再構築にともなう実践として報告した。デジタル・ネイティブを迎えた大学での出版教育は,その対象も教育環境も含めたデジタル化として検討しなければならないだろう。