第18回 国際出版研究フォーラム発表 「戦後雑誌メディアの〈他者〉表象をめぐる産業論的見地からの考察」 山崎隆広 (2018年11月)

戦後雑誌メディアの〈他者〉表象をめぐる産業論的見地からの考察

山崎隆広
(群馬県立女子大学)

 本報告は,戦後日本の雑誌メディアの中でも特にポピュラー音楽誌の存在に着目し,それらのメディアの中で主に〈アメリカ〉という日本にとっての〈他者〉がどのように表象されてきたのかを考察することを通じて,日本のメディア,文化情況の変容を分析することを目的としたものである.では,数ある雑誌メディアの中でも何故ポピュラー音楽誌というカテゴリーに注目するのか.その理由は,敗戦後の日本が精神的,物質的に〈アメリカ〉という圧倒的な〈他者〉すなわち〈外部〉と向き合い,その受容と拒絶のはざまで揺れていた時代,そして急速に社会の大衆化が進んでいった時代に,ポピュラー音楽誌というメディアこそは,ジャズ,フォーク,そしてロックミュージックといったまさにアメリカを発祥とするサブカルチャーの,すなわち日本と日本にとっての〈他者〉との関係性が変容し,せめぎあう「文化の波打ち際」ともいうべきポジションに位置していた最も象徴的な〈場〉であったと思われるからである.

 今回の報告で中心的なコーパスとして言及したのは,『ミュージック・ライフ』(以下『ML』),『ニューミュージック・マガジン』(以下『NMM』),そして『ロッキング・オン』(以下『RO』)といういわゆる日本の3大ロック誌である.『ML』がリニューアル創刊されたのが日本が形式的には主権を回復した1951(昭和26)年,『NMM』(1980年1月号から『ミュージック・マガジン』に誌名変更)の創刊が東大闘争が学生たちの敗北によって幕を閉じた1969年,そして『RO』が創刊されたのがあさま山荘事件,沖縄返還,日中国交正常化の1972年.それぞれ戦後の日本の近代化やポストモダンを考える際にきわめて重要な年に,これら主要な音楽専門誌が成立していることは,非常に象徴的なことであるように筆者には思われる.さらに,この3誌の中でもとりわけ『NMM』の周辺には,音楽誌以外のネットワークも折り重なるように連なっていた.例えば鶴見俊輔を中心とする『思想の科学』,平岡正明,相倉久人らが常連で執筆していた『JAZZ批評』,矢崎泰久氏を中心に創刊された『話の特集』,1969年のはじめに『NMM』より一足だけ早く創刊されたURC(アングラ・レコード・クラブ)の『うたうたうたフォークリポート』,本間健彦氏を編集長とする『新宿プレイマップ』,そしてベ平連,小田実による『週刊アンポ』,等々.これらは雑誌としての発行部数は決して多くなく,流通網も独自の形態を取ることが多い「リトル・マガジン」とも称しうるオルタナティブな批評誌群であるが,そういったメディアがライターや編集者,グラフィックデザイン,そして読者層なども多分にクロスオーバーさせながら,〈他者〉とせめぎあうオルタナティブな言説空間を成立させていたのが1970年前後という時代,つまり音楽専門誌である『ML』が時に一般誌をしのぐような部数を稼ぎ,『NMM』や『RO』が相次いで創刊された時代なのだといえよう.

 ここに,1970年前後という時代の「文化=政治」的な情況を見出すことは容易であるが,さらに議論を進めれば,重要な点として,ベルテルスマン社のブッククラブ構想(1969年),またCBS・ソニーの誕生(1968年)など,この時代の日本の出版界,音楽界がともに本格的な外資参入の波にさらされていたこと,そして1970年代以降のある時期,日本のサブカルチャー空間の言説のスタイルに大きな影響をもたらしたと思われる『NMM』や『RO』のような日本の音楽批評誌を世界的にみても独特な存在たらしめていた要因として,そもそもは硬質な文学,政治の同人批評誌である『試行』(1961年,吉本隆明,谷川雁,村上一郎らによって創刊)や,上述の『思想の科学』などのようなメディアの影響が背後に見受けられることなどが挙げられるのではないか.例えば『試行』の重要なコンセプトには,当時の文壇や論壇のヘゲモニーを握っていたいわゆる伝統左翼とは別種のオルタナティブな言論の場を築き,内なる〈他者〉の存在も含めた様々な〈外部〉とせめぎあいながら文化の「土着化」を検討するということがあったように思われるが,そういった問題系が当時のサブカルチュラルな音楽批評誌にも共有され,やがて,サブカルチャーが思想を語り,また逆に思想がサブカルチャーを語るといったような特異な言論形態が生まれたのが,当時の日本独特なメディア情況といえるのではないだろうか.

 今回の報告では,そのような〈他者〉受容をめぐる「文化の波打ち際」の争いが,1970年代半ば以降さらに急速に進んでいく大衆化の過程で忘却され,『NMM』などの誌上でも姿を消していくということを指摘したが,当日の会場からの質疑では,当時の読者像の分析などについての質問もいただいた.雑誌とともに当時の読者がどのように変容していったのか,そしてその後1980年代に向けてますます高度消費化していく社会に雑誌メディアや読者はどのように向き合ったのか.今後,それらについてもさらに詳しく分析していきたいと考えている.

【主要参考文献】
飯塚恒雄 1998『カナリア戦史〈日本のポップス100年の戦い〉』愛育社.
篠原章 2005『日本ロック雑誌クロニクル』太田出版.
出版ニュース社編 2002『出版データブック 改訂版 1945~2000』出版ニュース社.
三井徹 2018『戦後洋楽ポピュラー史1945-1975――資料が語る受容熱』NTT出版.