第20回国際出版研究フォーラム発表「「マイクロコンテンツ」概念の人文学資料への応用と現実社会への接続」鈴木親彦(2022年8月25日)

「マイクロコンテンツ」概念の人文学資料への応用と現実社会への接続

鈴木親彦
(群馬県立女子大学 文学部 総合教養学科)

 
はじめに
 デジタル化の恩恵によって、歴史資料や文学資料などの人文学資料もまた、その一部分を取り出し自由に活用することが可能となった。このことは、人文学資料に新たな活用可能性を生むとともに、現実世界の情報との接続という課題ももたらした。この課題を解決する方法までを含め「人文学資料のマイクロコンテンツ化」を示すことで、様々なデジタルコンテンツに応用可能な概念の構築を試みる。

電子書籍の「マイクロコンテンツ」から「人文学資料マイクロコンテンツ化」へ
 電子書籍の登場によって、それまで物理的に分割することが難しかった出版物を分割して活用・販売することが容易になった。出版物の章や記事、ページなどを単位として扱う「マイクロコンテンツ」が人口に膾炙して久しい。特にコミックの分野では、一冊全体のデジタル版ではなく、一話を単位に購入するサービスが定着している。
 現在、日本においては様々な人文学資料がデジタル化され、デジタルアーカイブでの公開が進んでいる。日本全体のデジタルアーカイブをつなぐポータルサイトとしての「ジャパンサーチ」も2020年に正式公開された(注1)。デジタル化は、人文学資料についても電子書籍と同じ効用をもたらした。デジタル化されたことで特定の部分のみを切り抜き、切り抜いた部分を複数の人文学資料を横断して集めて再編集することが可能となる。筆者はこれを「人文学資料マイクロコンテンツ化」と名付け、様々な資料を横断して情報を収集・再編集・発信してきた(注2)。

「人文学資料マイクロコンテンツ化」の実践
 ここで、「人文学資料マイクロコンテンツ化」の実践を2例紹介する。江戸に関する情報を複数の古典籍から抽出して、情報空間上に都市の姿を描き出すことを試みている。
 一つ目は「江戸買物案内」である(注3)。江戸時代に刊行された商人のリストである『江戸買物独案内』の版面をマイクロコンテンツ化し、江戸時代の商業の状況を知るための情報をまとめた例である。商人名や職種、居所、屋号紋などを抽出することで、江戸を中心とする商人に関するビジュアルな商業広告データベースとして構築している(注4)。
 もう一つの例は「江戸観光案内」である(注5)。江戸時代はそれ以前に比べて相対的に平和な時代であり、移動・旅行も盛んにおこなわれた。そのため、今日の旅行ガイドブックに相当する出版物も数多く発行された。これらは「名所記」「名所案内」「名所図会」などと呼ばれている。各世紀2冊ずつ選び、その挿絵を「マイクロコンテンツ」として抽出、メタデータを付与して再編成した。

資料の情報と現実の情報のギャップ
 デジタル化された資料を切り抜き、資料に書かれている、または描かれている情報をメタデータとして整理したことで、人文学資料のマイクロコンテンツ化を行うことが出来る。発表者は人文学の視点で資料に内在する情報をメタデータとして詳細に整理することを目指してきた。しかし、文書内の情報と現実社会で求められる情報の間には齟齬が生じる。
 実世界に存在する「実体」に識別子をあらかじめ付与しておけば、様々な資料への出現はいずれも「神田神社」識別子と結合させることで統一的に扱うことができる。一方で、文書内に登場する個別の情報にも識別子を与えておけば、実体空間側の識別子と双方向的に結合することが可能である。文書の識別子の集合を「文書空間」、実体の識別子の集合を「実体空間」と呼ぶとすれば、文書空間と実体空間の識別子を双方向的に参照できるようにすれば、マイクロコンテンツを実世界側から活用できるようになる。

双方向結合の実践と今後の可能性
 マイクロコンテンツは切り取られた単位で、どの資料のどの部分に位置するかを示す固有の識別子を持っている。これを文書空間の識別子として利用した。実体空間の識別子として「江戸観光案内」では名所の実態を特定する江戸観光ID、「江戸買物案内」では商人を特定するための江戸商人IDを定義した。また、歴史的地名と空間情報を整理するための仕組み「GeoLOD」を活用して、緯度経度等の位置情報とも紐づけた(注6)。このようにして文書空間と実体空間の双方向結合を実現した(注7)。結合したデータを閲覧するために「edomi」と名付けたデータポータルサイトも開設している(注8)。
 「人文学資料マイクロコンテンツ化」により、電子書籍からスタートしたマイクロコンテンツ手法が歴史研究で活用可能になった。さらに「文書空間と実体空間の双方向結合」によって、人文学資料に含まれる情報が現実の社会へ還元されることとなった。「任意の単位でデジタル化された情報を抽出し、双方向に変換可能な形で現実と繋ぐ」という考え方は、電子書籍をはじめとする様々なデジタルコンテンツに応用可能であろう。


1 「ジャパンサーチ」https://jpsearch.go.jp/(2022-06-23閲覧)
2 科学研究費助成事業「人文学資料マイクロコンテンツ化の実践研究―江戸の都市空間再構築を通して」(20K20141)研究代表者:鈴木親彦
3 「江戸買物案内」http://codh.rois.ac.jp/edo-shops/(2022-06-23閲覧)
4 Chikahiko SUZUKI and Asanobu KITAMOTO “Creating Structured and Reusable Data for Tourism and Commerce Images of Edo: Using IIIF Curation Platform to Extract Information from Historical Materials.”, Digital Humanities 2020, July 2020
5 「江戸観光案内」http://codh.rois.ac.jp/edo-spots/(2022-06-23閲覧)
6 「GeoLOD」https://github.com/geonlp-platform/geolod(2022-06-23閲覧)
7 鈴木親彦、北本朝展「人文学資料マイクロコンテンツの実世界との双方向結合とデータポータル「edomi」」『じんもんこん2021論文集 (2021)』pp.96-103、2021年12月
8 「edomi」http://codh.rois.ac.jp/edomi/(2022-06-23閲覧)