シンポジウム「デジタル絵本における読書と制作」(2019年11月30日開催)

シンポジウム
「デジタル絵本における読書と制作
 ――出版メディアの還流構造をデザインする」

 
1.シンポジウム開催の趣旨
 本シンポジウムは、子ども自身が「デジタル絵本を制作する」という事例を通して、これまでの「受け手」としての読者像だけではなく、「読み手」が「送り手」になっていく電子出版の還流構造を検討するために行われた。

2.問題提起
 「読書から制作へ――デジタル絵本にみる子どもの情報行動の変化」
 第1部では、デジタル絵本の制作ワークショップを通して、子どもの読書アクセシビリティを保障する取り組みを実践している池下花恵・相模女子大学学芸学部メディア情報学科准教授による、(1)デジタル絵本の定義、(2)デジタル絵本の特性、(3)デジタル絵本を実際に制作する手順の実演、(4)ワークショップの事例、(5)デジタル絵本の可能性、について発表が行われた。
 絵本の文章の情報、絵の情報をデジタル化することで、全人口の約10%を占めるといわれている紙媒体の読書が困難なプリントディスアビリティ(print disability)の人々が利用しやすい読書環境を作ることが可能になることは重要なテーマであろう。
 そして、実際に子供向けの電子書籍制作ソフト「Book Creator」を使ってデジタル絵本を制作する手順が実演された。(1)利用者の読書環境はさまざまであることを理解する、(2)文章は、画像にしない、(3)読者が、絵や文章の情報を利用できるようにする、ことが示され、デジタル絵本制作ワークショップの進め方として、(1)デジタル絵本の説明、(2)アプリの使い方を説明し練習で1冊作成する、(3)4ページ以上、文字はテキストで、絵コンテを作り、朗読を録音して、デジタル絵本制作に挑戦する、という手順が解説された。
 その後、兵庫県あかし市民図書館で行った親子を対象としたワークショップが写真を使って紹介された。
 子どもたちの創造性を引き出し、それを形にできるデジタル絵本の制作を通して、デジタルの仕組みを理解すること、発信者になることによって利用する側のアクセシビリティの問題を知る機会になることが、デジタル絵本の可能性を拡げると結論づけられた。つまり、デジタル絵本の制作は特定の利用者を対象としたものではなく、デジタルの特性を活かした読書機会の拡大につながることなのである。

3.ディスカッション
 「電子出版と子どもによる出版制作」
 第2部では、あかし市民図書館の指定管理者である図書館流通センターの阪本健太郎氏が、2018年6月10日に開催し、4歳から10歳まで8組の親子が参加した「親子で作って楽しもう! デジタル絵本制作ワークショップ」の様子を写真を示しながら、解説を行った。(1)デジタル絵本の作り方を解説、(2)親子でデジタル絵本の制作、(3)制作したデジタル絵本の発表会、(4)制作したデジタル絵本を明石市電子図書館へアップロード、という流れが詳細に示された。デジタル絵本の可能性については、(1)制作ツールとして自由な発想を具現化できるツールであること、(2)デジタルデータであるため、長く保管し、大量に記録でき、物理的なスペースをとらないこと、(3)修正・加工が容易で、他のデジタルデータとの親和性が高いこと、(4)図書館にとって、児童サービスとして創造性の育成に寄与でき、自分だけの1冊を作り、発信する契機になること、(5)図書館として貴重な資料を所蔵・提供でき、電子図書館のプラットフォーム機能を活用できたこと、と発表された。
 また、村木美紀・同志社女子大学学芸学部メディア創造学科准教授は、中高生への図書館サービスである「ヤングアダルトサービス」研究の視点から、「小説家になろう」やボーカロイドなど、だれでも作成・投稿可能なものが中高生の読書環境に与えている影響について発表された。「学校読書調査」によると中高生の読書状況は、メディアミックス作品が多いという特徴があり、原作が紙の活字本ではないものが多く見受けられるという。
 このように若い世代の読書環境を考える際、「発信する」という要素が増大していることは、きわめて重要な指摘であろう。
 コーディネーターをつとめた湯浅は、子どもの読書環境の変化について、さまざまな言説が流布しているが、もっとも重要な点が欠落しており、それは「読書」という受け手としての「子ども像」から、「制作」を行うことができる送り手としての「子ども像」への変化の問題であるとし、会場からもさまざまな質問や意見が出され、討議を行った。
 本シンポジウムは、出版における紙から電子への移行が与える影響を、子どもによる出版制作の観点から討議する機会となった。日本出版学会では歴史的、法制的、情報理工学的などさまざまな視点からの研究があるが、今後、電子出版が本格化する中で、新たな出版メディアの還流構造の探求が進展することを望みたい。

(文責:湯浅俊彦(追手門学院大学国際教養学部))