《ワークショップ》「「出版学」を問い直す――『パブリッシング・スタディーズ』を題材に」(2022年12月3日、秋季研究発表会)

「出版学」を問い直す
 ――『パブリッシング・スタディーズ』を題材に

 問題提起者 塚本晴二朗(日本大学)
 討論者   村木美紀(同志社女子大学)
       芝田正夫(元関西学院大学)
 司会者   森 貴志(梅花女子大学)

 
 日本出版学会では設立当初から「出版学」とは何かを問い続けてきたが、本ワークショップは、2022年4月に刊行された日本出版学会編『パブリッシング・スタディーズ』(印刷学会出版部)を手がかりに、あらためて「出版学」を問い直そうとする試みである。「メディアに革命的な変化が起こる中で、日本出版学会とは、どのような研究領域や業種に携わる人の、どのような活動を許容する学会なのかを再考するために、単なる抽象的な概念を考えるのではなく、日本出版学会らしく出版物の形で具体的なものを刊行する」という塚本晴二朗前会長による「会長プロジェクト」のひとつから派生したワークショップである。
 まず塚本会員が「日本出版学会会長プロジェクト・アンケート調査」の結果から現状を整理し、新たな「パブリッシング・スタディーズ」を提起した。その後に『パブリッシング・スタディーズ』の執筆者の一人である村木美紀会員、日本出版学会元会長である芝田正夫会員の2名が討論をおこなった。最後に、フロアとの意見交換をした。
 
1.問題提起
 塚本会員から、「日本出版学会会長プロジェクト・アンケート調査」の結果より、日本出版学会の対象領域、研究アプローチについて報告された(『パブリッシング・スタディーズ』序章に収録)。
 対象領域については、出版社が関与する紙の印刷物に関するものが多いが、「紙の出版物を主業とする出版社の電子書籍・コミック等とそれにかかわる事業者・流通・受容」、「商業出版流通を経由しない紙の同人誌とそれにかかわる事業者・流通・受容」、「紙の出版物を主業とする出版社が関与しない電子コミックサービスとそれにかかわる事業者・流通・受容」への回答も多かった。また、現在アプローチされている方法として「社会学」や「史学」が多く、今後積極的に研究されるべきアプローチについては「情報学」のほか、「地域研究」、「教育学」、「経済学」、「経営学」が高い回答率を得たのではないかと分析された。
 そのうえで、目下のところ、日本出版学会の対象とするものは、「紙に印刷をする出版といわれる営みをルーツとするコンテンツに関する諸現象」という大雑把な括りができるのではないかという考えが示された。
 
2.討論
 村木会員は『パブリッシング・スタディーズ』第6章「マンガ」で「電子コミック」について執筆した。電子コミックは新しい研究対象領域と考えられるが、そのなかでも電子コミックの「物質性」に着目し、実際に例を示しながら、その特徴について報告した。
 これまでは紙という固定された媒体で、ページレイアウトなども固定されたコンテンツを読むものであるという物質性が存在したが、電子コミックは端末として媒体を選び、アプリやサイトを選ぶことができる。そして、そのアプリやサイトによって、ページごとに表示されるものや、1コマずつ表示されるものなどがあり、同じコンテンツでも物質性が異なる。ただし、物質性により作家の個性や発明が表現されている点は面白いといえる。
 続いて芝田会員が、『パブリッシング・スタディーズ』のなかでも大きく扱われている「デジタル化」をふまえ、どのような変革が進み、また今後どのような進路をたどるのか、国際比較を交えて深めるのが当面の課題ではないかと指摘した。
 「出版学」が対象としてきたメディア、およびそれらを支えてきた理念、制度、文化などが大きく変わろうとしているいま、そうした変革をどうとらえるかが課題である。「グーテンベルグ革命」のように、多くの面での連続性を抱えた変革なのか、あるいは根本的な変革を生み出す「革命」なのか。何が変わり、何が変わらないのかを、状況を見つつ、未来を見つめる研究が求められるのではないか。
 
3.質疑応答
 これらを受けて、あまり時間を割くことができなかったが、質疑応答がおこなわれた。
 フロアの参加者からは、「出版」や「出版学」の定義に関する質問や、研究と産業を分けるべきではないかなどといった意見が出され、活発な議論がくり広げられた。

 今回のワークショップは「出版学」を問い直す試みであったが、『パブリッシング・スタディーズ』を素材に、参加者それぞれが自身の研究態度をふり返るきっかけになったと考えられる。今後、さらに議論が深まることを期待したい。

(文責:森貴志)