《ワークショップ》「電子書籍におけるレイアウトと情報化」(2020年9月12日、春秋合同研究発表会)

電子書籍におけるレイアウトと情報化
――アクセシビリティを視座として

 討論者:
  小林潤平(大日本印刷株式会社)
  矢口博之(東京電機大学理工学部)
  植村 要(立命館大学人間科学研究所)
 司会者:
  野口武悟(専修大学文学部)

 
1.概要
 2020年9月12日(土)15時から16時30分まで、出版アクセシビリティ研究部会の企画提案によって、「電子書籍におけるレイアウトと情報化―アクセシビリティを視座として」と題するワークショップを開催した。ワークショップは、前半が登壇者による報告、後半が登壇者、およびチャットを通じて寄せられた参加者からの意見を交えたディスカッションという形で進められた。
 
2.報告
 まず、司会の野口氏から、予稿集に掲載した概要に即して、本ワークショップの趣旨説明が行われた。
 そして、小林氏が、読みの視知覚メカニズムと研究開発中の読書アシスト技術について説明した。
 文字を識別できるのは視野のごく一部分であるため、文を読むには目を動かす必要がある。文字を識別するために留まっている状態を停留といい、目を動かすことをサッカードという。ここで、日本語文における停留の平均時間は約0.25秒、サッカードの平均距離は約5文字である。したがって、停留とサッカードをスムーズに繰り返すことができれば、計算上は1分あたり1,200文字の速さで読むことができる。しかし、大学生を対象に実験したところ、1分間に読むことができた文字数は、平均すると約650文字であった。また、1,200文字の速さで読める人は、ほとんどいないことがわかった。
 そこで、読み速度の向上をもたらす表示方式を見出すべく、読み速度や眼球運動を分析しながら試行錯誤を重ねた。その結果、明らかになったことは、次のようなことである。停留数が少ないほど、読み速度が速くなること。一行の長さについて、長行ほどサッカードが長くなって読み速度の向上に寄与する一方で、戻り読みの発生や行頭へのサッカードに失敗する割合が増えて読み速度の低下をもたらすという、トレードオフの関係があること。トレードオフの関係をふまえると、読みに適した行長は、一行あたり20~30文字程度であること。改行する位置について、文節(日本語文の意味の最小単位)を分断しないように改行する方が、速く読めること。文字の並び方については、文節単位で文字ベースラインを階段状に下げていく方が、速く読めること。それらに加えて、各行を階段状に字下げしたり、文節単位で文字自体を異なる位相で微振動させたり、スクロール操作を併用したりすることで、さまざまな行長で速く読めるようになること。これらの機能を搭載した文章表示システムを作り、実験したところ、1分間に読むことができる文字数は1,000文字程度まで向上した。
 次に矢口氏が、小林氏の報告に対してコメントをした。矢口氏は、2013年から電流協などと、「出版社における電子書籍・デジタル雑誌ビジネスの実態調査」をおこなっている。昨年の調査における電子書籍フォーマットや読書バリアフリー法への対応予定に関する質問の結果から、今のところ読みやすい電子書籍の提供は難しい状況にあるとする。そして、ユニバーサルデザインの観点から電子書籍を考察すると、コンテンツはリフロー型で提供することが前提である。そのうえで、リフロー型に対応した電子書籍リーダーを開発する必要があり、読書アシストもここに含まれる技術の一つである。アクセシブルなテキストを提供するということを意識しなくても、電子書籍リーダーがそれに対応すれば、一般の人にも、様々な特性をもった人にも読みやすくなるとする。
 続いて植村氏がコメントをした。まず、植村氏がいつも読んでいるスクリーン・リーダーのスピードで読み上げを行うと、1分間に読み上げる文字数は、920から1,100文字であり、目で読む場合の最高速度に比較的近いことを報告した。そして、読書バリアフリーに必要な機能として挙げられる音声読み上げ、文字サイズやフォントの変更、行間・文字間の変更、色反転などを実現するには、コンテンツはリフロー型であることと、機能をビューアに実装することが条件になる。一方、読書アシストは文字を自由に並べて表示できる必要があり、そのためには、コンテンツはリフロー型であることと、機能をビューアに実装することが条件になる。つまり、この両者は同じ条件を共有する親和性の高い技術だとする。
 
3.ディスカッション
 後半は、チャットを通じて寄せられた参加者からの質問や意見を参照して議論を進めた。
 まず、図表や挿絵などへの対応についてである。読書アシストでは、どの時点で図表に視線をもっていってほしいかというレイアウトのデザインが必要になる。つまり、本文で図1と指示があったところで図1に視線を誘導するか、本文で図1の説明が終わったところで図1に誘導するかを調べることになる。また、スクリーン・リーダーは、音声読み上げがスキップするので、代替テキストを入れる必要があるが、その適切さや自動化が課題である。
 次に、ジャンルとも関連してナビゲーション機能についてである。今回、小林氏が実験に用いた本は小説であり、最初から最後に向かって一直線に読むタイプの本であった。しかし、実用書や学術書のように、段落ごとや、意味を確認するために行ったり来たりして読むジャンルの本では、違う結果が出る可能性がある。また、スクリーン・リーダーによる読み上げでは、小説は、TTS可能な現在の電子書籍で大きな不便はないが、実用書や学術書を読むには、必ずしも便利とはいえない。
 その他に、ディスレクシアの人を対象にした実験の必要性、縦書きと横書きの違い、行の読み飛ばしの可能性などについて議論された。
 そして、こうした技術に対する編集者の反応への関心が示されてディスカッションを終了した。
 以上、本ワークショップでは、コンテンツはリフロー型であることを前提とし、ビューアに読書アシストを含む読書バリアフリーに関する機能を実装することが、電子書籍におけるレイアウトの考え方であることが、登壇者の共通意見として示された。