《ワークショップ》「ジャーナリズムの倫理と実際」(2022年5月14日、春季研究発表会)

《ワークショップ》
ジャーナリズムの倫理と実際
――出版と放送の視点から考える理論と実践的課題

 問題提起者 塚本晴二朗(日本大学)
 討 論 者 笹田 佳宏(日本大学)
       富川 淳子(跡見学園女子大学)
 司 会 者 石川 徳幸(日本大学)

 
 日本出版学会では、これまでに「雑誌とネット世論の繋がり」に関するワークショップ(2018年春)を行い、その方法論を議論してきた。また、「情報の送り手にとっての公平性とは何か」といったワークショプ(2016年春)では、書店業の立場からみた公平性に関する議論をおこなっている。本ワークショップでは、こうした議論の蓄積を踏まえたうえで、〈現状:メディア現場の実態〉と〈理想:ジャーナリズム倫理の理論〉とのギャップ(課題)を照射し、今後に資する議論を活性化させることを目的とした。
 メディア環境の著しい変化とともに、社会の分極化が指摘されるようになって久しい。そうしたなかで、メディアに対する「偏向」批判も散見されるようになった。そうした批判は、概して「メディアは中立・公平であるべき」という前提に立って行われることが常である。民主主義社会においてジャーナリズムはいかなる立場にあるべきなのか。こうした視点を共有したうえで、出版メディアとその他のメディアとの差異を捉えながら、理論と実践の視角から議論をおこなった。具体的には、塚本会員(専門:ジャーナリズム論)から、問題提起としてジャーナリズム倫理の関する理論的知見を提示していただき、これを受けて2名の討論者からディスカッションとともにメディア業界の事例紹介をしていただいた。討論者としては、笹田会員(専門:メディア法制。元民間放送連盟)が放送業界の視座から討論し、富川会員(専門:雑誌文化。元マガジンハウス)が出版業界の視座から討論をおこなった。
 本企画において、出版業界だけでなく放送業界も含めて議論をおこなった意図は、メディアに係る日本の法制度の実情に鑑みて、放送法が“唯一の言論法規”と呼ばれているように、相対的に制限の強い放送業界と自由度の高い出版業界を対比させることで、より多角的な知見をもたらすことができると考えたためである。期待した通り、当日は闊達な意見交換の場となった。その議論の概要は以下のとおりである。
 
問題提起概要
 まず塚本会員によって、議論の土台となる理論の整理が行われた。具体的には、Stephen J. A. Wardが提起したメディア倫理学の知見が紹介され、これらの知見を援用して日本の出版(および放送)の問題を検討できないかといった課題が示された。
 Wardは「グローバルなデジタル・メディアの時代における責任あるメディアの実践や、パブリック・コミュニケーションのための目的と原理とは何か」といった問題に対して、メディア倫理学の再構築するためのラディカルなアプローチを提唱してきた研究者である。デジタル化による情報環境の革命的な変化は、誰もが国境を越えた送り手になることを可能にしたが、そうした状況はデモクラシーを発展させるどころか、ウォードのいう「公共圏の汚染」という事態を招くことになった。そのようなメディア環境を背景としてWardが提唱したラディカル・メディア倫理学の知見の中から、塚本会員は「制度的実践(Institutional Practice)」や「実用的客観性(Pragmatic Objectivity)」といった概念を整理したうえで、「デモクラシーに参与するジャーナリズム(Democratically Engaged Journalism)」という考え方を示した。
 
討論の概要
 これを受けて笹田会員は、放送には印刷メディアには許されない特殊な規制が、放送法、電波法で課されていることに触れたうえで、Wardが提唱するジャーナリズムに関する「四つの諸善」と「実用的客観性」を、放送法の内容に照らして議論を展開させた。具体的には、放送法第4条の「公安及び善良な風俗を害しないこと」「政治的に公平であること」「報道は事実をまげないですること」「意見が対立している問題については、できるだけ多くの角度から論点を明らかにすること」といった規定が、Wardの理論とどのように関連するのかが明示された。
 続いて富川会員は、出版倫理に関して「特定の「規則」を一律的に当てはめる方法はなじまない」「一律的な価値で評価することは不可能」とする先行研究の知見(栗山雅俊「「出版の自由」と出版の倫理」に関する一考察」『出版研究』47号所収、2017年)を示し、出版業界の倫理綱領がいかなる形で整備されてきたのかを明示した。そのうえで、ケーススタディとして出版倫理に反した事例を取り上げ、そうした問題がおこる要因として、広告収入という雑誌の収益構造があることを明らかにした。
 こうした三者の議論を踏まえて質疑応答の時間が設けられ、参加者からも闊達な意見が寄せられた。本ワークショップは、一つの結論を導くことをゴールとするものではなく、〈現状〉〈理想〉〈課題〉を明確化し、メディア現場従事者と研究者の双方に益する理解を深めることを狙いとするものであったが、この点において十分な役割を果たしたと自負している。今後、学会における更なる議論の発展に期待したい。
(文責:石川徳幸)