韓国ソウル,世界出版界へ  舘野 晳 (会報122号 2008年10月)

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「本の道,共存の道」 韓国ソウル,世界出版界へ(会報122号 2008年10月)

舘野 晳

 第28 回IPA 総会(ソウル2008)=多様な問題提起,そして暖かい歓迎

 韓国ではかねて大韓出版文化協会を中心に,IPA 総会の誘致をしていたが,念願かなって今28 回総会の招致に成功し,躍進目覚ましい韓国出版界の実力を世界に誇示する,またとない機会を迎えたわけである.
 ソウル総会(5 月12 日~ 15 日) は,総会組織委員会(委員長:白錫基大韓出版文化協会会長)の周到な開催準備を経て,江南区三成洞のCOEX(韓国国際展示場)で開催された.統一スローガンは「本の道,共存の道」.本(読書)を通じて世界の人びとが共存共栄する道を探りたいという韓国出版関係者の強い願望を表したものだ.世界50 か国,約500 名の参加者を集めた総会は,4 日間にわたった本会議,分科会,施設視察などを順調にこなし,15 日夕刻の閉幕全体会議で,次回総会での再会を約し,予定した全ての行事を終了.各国からの参加者は全員立ち上がって熱い拍手・歓声を送るなか,感激に満ちた総会は成功裡に幕を閉じた.
 総会のプログラムは大要次のとおりで,参加者は全体会議に出席し,分科会は自分の選んだものに参加する形式だった.
 第1 日:開幕式,記念講演:李御寧・元文化部長官/オルハン・パムク(トルコ・ノーベル文学賞受賞作家),全体会議「出版界の未来に対する展望」(日本,フランス,メキシコ,アメリカ代表),分科会6 テーマ(翻訳権:多様性のための挑戦,ともに進む道:出版界主要パートナーの変化,文化多様性と国の図書政策,分野別協会の傾向,小規模出版の世界化,作家と出版社の関係:共存のために)

 第2 日:分科会9 テーマ(アジアにおける出版の自由,中国出版の現在,アジア出版の過去と未来,児童書出版の新しい傾向,paju 出版都市,学術出版の伝統と革新,著作権利害調停,教科書:学校は民間出版を必要とするか?,出版教育:各国の必要性と世界的挑戦) 第4 日:分科会8 テーマ(ニューメディアーニュープラットフォーム,インターネットのサイバー専門家,図書展の未来,新しい読書の創出:読書マーケッティング戦略,不法複製との戦いからの教訓,読書振興,国際著作権管理の現況,使用者便宜のための著作権:E-CONTENT2.0),そして全体会議(閉幕式)となる.
 なお,日本からの分科会報告は,「出版の現状と読書推進活動」小峰紀雄(書協理事長),「緊密な連携:出版社のパートナーの変化する世界」深田良治(シュブレンガー・ジャパン),「著作者と出版社の関係ー日本におけるマンガの場合」片寄聡(小学館),「アジア出版界の課題と将来」金原優 (医学書院),「児童書出版の新しい波」松居直(福音館書店),「学術出版の伝統と改革」山口雅巳(東京大学出版会),「ニューメディア・ニュープラットフォーム」田代豊(集英社),「新たなリーダーシップの創造:マーケッティング戦略」筆保洋一郎(紀伊國屋書店),「アナーキーかシナジーか:国際的な著作権管理の観点から」平井彰司(筑摩書房)の9 名だった.

 第3 日は施設見学日であり,paju 出版都市内の出版社,出版物流通センター,拠点施設などを回った後に,臨津江附近の施設から北朝鮮を遠望した.またこの日に合わせて出版都市財団が編纂した『paju 出版都市の物語』の各国語版が完成,視察見学者に配布された.この本は出版都市の歴史と将来に関する手頃な資料として,今後も広く活用されるだろう.
 今総会では全体を通じて多様で困難な問題がいくつも提起された.それほど各国の出版界はいま多くの課題を抱えているのだ.それらは一国だけで解決できるものではない.経済活動がグローバル化している今日,共通する問題の解決を迫られている複数の国が,ともに手を携えて事態に当たることが求められている.それには条件を同じくする国々が一歩を踏み出すしかない.今回の総会はそのための礎石を築いた意味があるのではないだろうか.
 さらに,韓国側のIPA 総会に寄せた期待の大きさを実感できた.初日に李明博大統領,最終日に呉世勲ソウル市長が出席しての挨拶があったことにも表れているように,韓国側は総会のために最大限の設営をし応対をしてくれた.これはたんに海外からの客人を大勢迎えたからというだけではない.ともに出版という創造的な仕事に携わる世界の友人に対する厚い友情のもてなしなのだ.参加者はこれから何をして応じていくのか,一人ひとりが考えていかねばならない.

 〈2008 ソウル国際図書展〉

中国がゲスト国,児童書の比重高まる ソウル国際図書展は例年6 月上旬に開催されている.しかし今年はIPA 総会に合わせて繰り上げ開催となった(5 月14日~ 18 日).主催は図書展組織委員会,主管は大韓出版文化協会,COEX.後援は文化体育観光部,韓国出版文化振興財団,韓国書店総合連合会.会場はCOEX 太平洋館・インド洋館(14,733 平方メートル).スローガンはIPA 総会と同じく「本の道,共存の道」だった.
 展示規模は28 か国,674 社,745 ブース(前年:28 か国,516 社,643 ブース),海外参加者及びブース:25 か国,157 社,54 ブース,国内参加者及びブース:347 社,419 ブースである.海外・国内いずれも前年より出展数は若干増えているようだ.
 今年からの新しい試みは「主賓(ゲスト)国制度」を取り入れたことで,最初の国が中国だった.その中国コーナーは,会場正門を入ってすぐの場所に面積750 平方メートルを擁し,白と銀色を基調とする簡潔な装飾で臨んだ.中国といえば朱色を連想させるが,そのカラーがまったく見当たらなかった.先日,ソウルでのオリンピック聖火リレーでの,朱色(中国国旗)の氾濫が韓国人を強く刺激したので,努めて穏やかな展示にしたのだろう.
 中国からは86 の出版社が参加し,1 万435000 冊の展示図書を持ち込み,文化行事20 回,セミナー10 数回を準備し,作家,スタッフら総勢260 名でソウルに乗り込んできたというが(実際には400 名以上らしい),確かに初日には中国人スタッフの数が多かった.だが,会期が終わりに近づくと,ほとんどが姿を消し,展示スペースの管理も十分になされていなかった.
 展示図書は共通コーナーと出版社(集団)コーナーで構成されていたが,全体的に展示図書が少なくてやや迫力に欠ける印象である.最近は韓国市場でも中国図書の進出が目立つてきただけに,中国図書を手にとる来場者もいたが,全体的に展示図書は来場者の希望するものとは乖離があるようで,通り過ぎるだけの者が多かった.その反面,前面に設置されたイベント会場では,絶えず何らかの行事が行われていたので,席はいつも埋まり大勢の観客を集めていた.
 来場者の関心といえば,断然,日本書コーナー(国際交流基金と出版文化国際交流会の共催ブース)である.展示図書に韓国人読者の好む小説,絵本,サブカルものを入れ,日本文化・社会・歴史を紹介する基本図書を慎重に配置したので,連日,多数の来場者を迎えることができた.今年,気づいた現象として「日本書に関心を示す読者の代替わり」を指摘できるように思われる.

賑わうソウルブクフェア会場風景


 これまでも若い女性が日本書に関心を示していたが,今回はそれがさらに中高校生にまで広がっているからだ.日本コーナーを見つけて「ニホン,ステキ!」「カワいいー!」という娘たちの叫びを何度も耳にした.その反面,高齢の日本書ファンの来訪がまれになった.販売結果からもそのような現象を見取ることができる.気になるのは20 代~ 50 代男性の来訪者が少ない点で,これは図書展全体についても言えることだろう.

〈児童書シフトが明らかに〉

 ソウル図書展は,例年,幼児・児童・中高校生の来場者が多くを占める.国際図書展の本来の目的は,版権取引の場を提供することだったのだが,ソウル図書展の場合は,それも一部では行われているものの,主催者側は「本に親しみ,本の普及を図る」機会とすることを重視している.したがって本来的な(これも何をそう言うのか問題だろうが)図書展ならきっと出展しているはずの,人文・教養・文学・学術・芸術系などの有力出版社が,あまり積極的な姿勢を示していない.また出展したとしても,組織やテーマ別による共同出展なので出点数は限られ,単独出展をしても,来場者に合わせた展示構成になっている.
 これは来場者の年齢構成からくるものだろうが,もうひとつ会場で大々的に本を割引販売している点も理由になるだろう.つまり出展社側は来場者に合わせて,売れ筋重視の「展示」に傾いてしまうのである.
 こうしてソウル図書展は年を追って年少者向けに,本を宣伝・販売する場へと変身を遂げつつあるのだ.
 韓国社会で何が問題かと言えば,第一位は子どもの教育問題だろう.これに親たちはみな頭を悩ましている.出版不況と言われながらも,現に児童書部門だけは売上げが好調で,各出版社は児童書部門に一斉に参入している.だから出版社としても児童書販売のために手を尽くしているのであり,図書展も宣伝販売のために絶好の場になっているのである.
 これまで図書展に比べて喧噪さが消え,落ち着いた雰囲気になったことも挙げていいだろう.これまではあたかも遊園地のノリだったが,今回は児童書・教育書を中心とする新しい「図書展文化」が生まれたと評価して良いように思われる.
 来年のゲスト国は日本である.日本書,日本文化をいかにアピールするのか.慎重に計画を練り,大胆に打って出なければならない.問題は日本側の出版社の参加意志をどう高めるかにかかっている.

〈第13 回国際出版学術会議〉

デジタル時代,出版研究の方向を模索日本,韓国,中国の出版研究者が2 年に1 回,3 カ国持ち回りで学術会議を開いてすでに13 回目になる.今回は韓国が当番国に当たっていたので,IPA 総会の日程に合わせての開催となった.通常は報告討論に2 日間を費やすのだが,今回は学術会議参加者も,IPA の全体会議,分科会へ出席することになったため,5 月12 日のみ出版学術会議の日程となった.
 主催は韓国出版学会(会長:李正春氏),会場はCOEX にほど近い「韓国文化の家」だった.日本からの参加者は,日本出版学会川井良介会長を含む会員18 名,中国からは中国編集学会副会長程紹沛ら会員8名,これに韓国出版学会の会員20 数名のほか,大勢の韓国側参加者が加わった.とくに当日は韓国側報告者の大学での教え子の学生が大挙傍聴にやってきたので,会場は若々しい雰囲気に包まれた.
 今回の学術会議は,スローガン「デジタルメディア時代の出版と読書」のもと,全体で15 本の研究報告(日本5,中国6,韓国4)が行われた.それぞれの研究テーマは多岐にわたり,それなりに問題意識を触発するものだったが,なにぶん報告時間が15 分に限定されたため,全体としては問題提起,実情報告に終わり,残念ながら報告を受けて,内容についての討論を深めるまでには至らなかった.けれども報告者の研究成果は報告集に収録されている.これを基礎として各国での調査・研究がさらに深化発展するように期待したい.
 今回は学術会議に当てられた日数は少なかったが,IPA 総会のために,3 カ国の参加者が顔合わせる機会には恵まれた.それが図らずも相互の親交を深める契機になった.国際会議は言語の障害があっても,親しく顔合わせる機会を重ねることで,相互理解が一段と進むものである.その意味では今回の学術会議は,今後の研究交流の礎石として大きな意味を持ったと言える.

 なお,次回,2010 年の国際出版学術会議は,中国(場所未定)での開催が決まった.
 最後に,韓国出版学会の李正春会長,朴弘載事務局長はじめ,会員諸氏の誠意あふれる行き届いた接待に深く感謝するとともに,心温まる学術大会だったことを記録しておきたい.
(初出誌:「出版ニュース」6 月中旬号)

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