第4回日本出版学会賞 (1982年度)

第4回日本出版学会賞 (1982年度)

 第4回日本出版学会賞の審査は,日本出版学会賞要綱および同審査細則にもとづき,1981年10月1日から1982年9月30日までの1年間に発表された出版研究の領域における著作を対象にして行われた.
 本審査のため,審査委員会は1982年10月21日から83年3月22日までの間に,計5回開催された.審査作業は,慣例にしたがい,先ず委員会事務局が収集した対象期間内出版関係著作リストおよび会員からの推薦(アンケートによる)を基礎にして包括的な検討を加え,ひろく候補対象たりうる著作の発見につとめた.つづいて,第1次選考,第2次選考と対象をしぼる作業をすすめ,慎重な審査を行った.
 しかしながら,遺憾ではあるが,授賞に値する著作は見出し得ないとの結論に達した.ただし,審査の過程で有力な候補とされたもののうち,長友千代治(ちよじ)『近世貸本屋の研究』(東京堂出版刊)および福島鑄郎・大久保久雄共編『大東亜戦争書誌』『戦時下の言論』(ともに日外アソシエーツ刊)が,佳作として表彰に値するものと認定された.


【佳作】

 長友千代治
 『近世貸本屋の研究』(東京堂出版刊)

 [審査結果]
 長友著『近世貸本屋の研究』は,近世文学および出版文化の発展に大きく寄与した貸本屋につき,先ずその起源から隆盛まで,営業の内容,顧客の読書状況を総論的にまとめている.
 本研究の特色は貸本屋と顧客の実証的研究にあり,江戸中期河内柏原の三田久次の帳簿と尾州鳴海下郷家の蔵書等を分析して,流通関係だけでなく,売値と買値,貸本の実態を明らかにした.
 第2に,軍書の読書調査により,太閤記,忠臣蔵などの愛読状況を明らかにした.第3に,約6000冊の大蔵書を越後まで運んだ読書家を新発田藩主溝口直侯に比定し,その読書歴と効果を記述している.ほとんど未踏の分野に鍬を入れた重要な研究と評価できる.

 [受賞の言葉]

 『近世貸本屋』の研究について  長友千代治

 出版は,実際も研究も,たいへんむずかしくまた面白いものであることを,今改めて味わっている.
 実際というのはほかでもなく,拙著刊行についてである.序文にも記したが,某社の企画に東大の延広真治氏の紹介で参加することになった.私には初めての経験で,多少緊張しながら,出版社の要望と私の主張を織り交ぜて書き進めていった.それは①平明な文章でわかり易い叙述をする,②本の性格上出典や論拠の明示をする,③出版社と期日等の約束は守る,等である.①③は無論合意に達し,特に①については適切で有意義な指導を受け,ありがたかった.問題は②で,どうしても受け入れられず,ために後の原稿が先に出版され,妥協できないことを知った私は一年を経過した時点で願い下げとした.その後某社の新書に話が持ち上がったが,一読後にこれも没となった.この間の成り行きを注目されていた国会図書館朝倉治彦氏は,見るに見かねて自分に託せと言われ,結局やっと東京堂出版に引き受けてもらったのである.東京堂出版の松林考至,西哲生の両氏は編集製作で極力私の気持ちを汲んで,拙著に貸本屋蔵書印,広告,営業風俗等の資料を付載するなどの発案までされ,実現した.今振り返ってみると,朝倉氏,東京堂出版との出合がよかったのである.おそらく前記②を欠いては,たとえ同じ内容であったにしても,受賞の対象にはなりえなかったであろう.単に本を出版することと,内容を整えて出版することとは,おのずから別の評価になることを改めて痛感したことである.私には有難い受賞となったが,これもひとえに延広氏,朝倉氏,東京堂出版,その他多くの方々の御教導のおかげである.改めて心からお礼を申し上げる.
 調査研究でも思わぬことにぶつかった.その一つに『小栗忠孝記』序文のことがある.これが貸本屋全盛期を描写した一等資料であることを確認するには時間がかかった.広庭基介氏の紹介で閲覧した京大付属図書館蔵本は,名古屋の貸本屋大惣の旧蔵本で安永6年刊,序文は同5年季秋随山の筆で,普通の貸本.それを当時帝塚山学園女子短大にいた小林賢章氏が,貸本屋の資料として面白い,という.そうか,見落としたかと思って再調査してみても,何も出ない.その後,小林氏に秋里籬島の序文を送ってもらい,胸が高鳴ったことを覚えている.それでは序文がなぜ随山から籬島に変わったのか.それが知りたくて帝塚山学園に行き,板木焼失により25年後に貸本屋向けの覆刻になったことを理解したのである.『小栗忠孝記』は『国書総目録』には京大所蔵の記録しかなく,もし小林氏の情報提供がなければ,私が扱う機会はなかったであろう.初版本と覆刻本の相違を見て,貸本屋や読書史の資料としては,初版本より後印本・覆刻本の方が有益であることを知ったのである.
 拙著は片々たる資料を収集して江戸時代の貸本屋を想定してみたのであるが,当時はそれ程ある筈はないと思っていた資料が,皮肉にも,刊行後にはあちらこちらで目につくのである.今はまだ想定した貸本屋の大筋は変わらないと思っているが,資料の捜査につとめて,一層詳細な貸本屋の研究,ひいては近世読書史・読者の研究に邁進したいと思っている・受賞は大きな励みとなった.


【佳作】

 福島鑄郎・大久保久雄共編
 『大東亜戦争書誌』『戦時下の言論』(ともに日外アソシエーツ刊)

 [審査結果]
 福島・大久保共編『大東亜戦争書誌』(全3巻)『戦時下の言論』(全2巻)は,昭和12年8月から昭和19年末までの雑誌文献を,項目別,執筆者別に分類し,まとめた資料である.
 文献探索のうえで最も困難な空白期間を埋めた編者の努力は,出版に関する調査研究の極めて基礎的かつ地道な作業である.
 両書は「シリーズ大東亜戦争下の記録」のI・II であり,III『戦時下の出版』は未刊であるが,これまでの作業だけでも十分に評価できるものと考える.


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